北側に白亜総塗込めの三層三階の隅櫓が2基。東が巽櫓(たつみやぐら)、西の櫓が坤櫓(ひつじさるやぐら)で、いずれも当時のもので重要文化財に指定。(櫓や石垣は1995年(平成7年)の阪神・淡路大震災で被害を受けたが全面修復:とてもキレイです)1月2日でお正月でもあり、内部は見る事ができませんでしたでは、土日祝公開されてますとありましたが確認して下さい。
中堀を経て明石公園に入る、公園はかっての屋敷跡である。本丸の背後(北側)には桜堀、薬研堀が残る。広大な剛ノ池もかっては堀の一部として利用されていた。
坤櫓の後方には天守台が築かれているが、徳川幕府への配慮から天守が建てられることはなかった
元和5年(1619)信州・松本城にあった小笠原忠真は、10万石を与えられ明石に転封となり、姫路城主・本多忠政の協力を得て築城したのが明石城である。
完成を見た明石城は、三層の櫓を4基並べた姿であったとされるが、徳川幕府への配慮から天守が建てられることはなかった。
寛永9年(1632)小笠原忠真は豊前・小倉に転封され、その後は約50年の間に、戸田氏,大久保氏,松平氏,本多氏と城主はめまぐるしく城主が替わった。
天和2年(1682年)本多政利に替わって越前家の松平直明が6万石で入城した後は、明治維新まで親藩の松平氏の居城となった。
明石公園は明石城跡を中心に整備された公園で、野球場やスポーツ施設や自然がいっぱい。春は桜の名所となり、市民の憩いの場でもあります。今回は、お正月でもあり凧上げしている家族連れの姿も見うけられました。
やっぱり、寒かったので散策終了渋滞の中、いつもの抜け道を通り抜け、何とか家路にたどり着きました。
盛りだくさんなお正月やすみでした
